オリンピックです。なんだかんだ言いながらも中継を見たり、朝から競技結果を確認したり、昼飯を食いながらニュースサイトを渡り歩いたりしています。このサイトでだらだらと十年も書いてますが、夏季五輪ネタは始めてだったりします。全然興味がないような冬季五輪の方が既にネタとして使われています。まさか小平さんもこんなとこから応援されているとは夢にも思わないでしょう。

オリンピックというと、普段全く表に出ない競技が突然注目されたりします。例えば、冬季五輪で言うところのカーリングとか。私は中継も解説も見る機会がなかったのですが、カーリングのルールを説明できる人が急に増えたりしました。投げ込んでいるストーンが、どこでどうなったら何点増えて、ここのをこうしたから何点増えたとか、あの時こうしたのはそういう作戦だったからとか。マイナー競技が注目されて活性化されるのはいいんですが、その反動で急激に冷え込んでしまわないかは心配です。日本のカーリング業界、今はどうなっているのでしょうか。

私はというと、北京五輪のときのフェンシングを思い出します。帰省していたんで、実家で見ていました。日本フェンシング界初の決勝進出だとかで突如中継が決まったんだったと思います。で、そうか決勝かそれなら見よう見よう応援しよう、となった覚えが。剣道が存在する以上、日本ではどうしてもマイナー競技になってしまうフェンシングが、あそこまで注目されたのは初めてだったのではないでしょうか。中継を見ながら、解説を聞きながら、やっぱオリンピック決勝は凄いね速いね左利き相手はやり辛いんだろうねと、素人丸出しの感想で適当な事を言っていました。あの中継で学んだ事というと、「フェンシングはコードとも闘う競技」だという事でしょうか。「たまにコードが巻きつく」とか。

見知らぬ競技に触れる事もあれば、よく知った競技を追いかけたりもします。陸上や水泳なんかは一番速い奴が一番偉いんだから単純明快です。説明は不要ですが、たまにフライングの判定なんかで必要になったりします。重量挙げは一番重いのを持ち上げたら勝ち。跳びモノは一番遠くまで飛んだら、投げモノは一番遠くまで飛ばしたら勝ち。いや勿論駆け引きとかいろいろあるんでしょうけど、単純化すればこうなります。

そこまで単純化しなくても、自分が経験のある競技には注目します。今年はサッカーの当たり年のようですから、男女とも時間が合えば観戦しています。これを書いている時点では男女とも予選リーグが終了した段階ですのでこれからどうなるのかは分かりません。数日後に酔いつぶれて「サッカーなんてスポーツは滅びろ」とか喚いているかもしれませんが、少なくとも現時点では非常にご機嫌で観戦できます。難を言えば、たまたま今やっているゲームが「カルチョビット」というサッカーゲームですので、現実とゲームがごちゃまぜになってしまう点でしょうか。接触プレーでホイッスルが鳴って、「おいおい今のはセーフだろ」と思ってたら笛を鳴らしたのはゲーム中の我がチームの選手とか。ついつい中継に気を取られて、気がついたらゲーム中の選手交代を忘れててガス欠の選手たちがヘロヘロになっていたとか。あと、ゲーム中の便利機能を導入したくなりますね。各選手の頭上に選手名を表示させたり、画面分割させて一方の画面で各選手の移動範囲や現在の位置を確認したり。

経験がある競技というと柔道もそうです。中学生の時に二年間やった事があります。なんで三年間じゃないのかというと、一年生の時は膝を壊していたせいでずっと見学していたからです。あ、実技だけではなく知識もありますよ。「帯をギュッとね!」を全巻読んでますから。ただ、何しろ十年以上前の漫画なので、現在はルールが大なり小なり変わっています。柔道知識の大部分がこの漫画に依存している私には、記憶の上書きが必要な時代になってしまいました。「効果」というポイントが消滅したと知ったのはオリンピック開会後でした。あと、初手で足を刈りに行くと反則負けになるとか。それじゃ作中のミリアンというキャラが成立しないじゃん。速いスピードでがんがん朽木倒しをかけてくるような選手だったと記憶しています。今やったら速いスピードでがんがん反則負けしてしまいます。

そんな、「『有り』か『無し』かなら、そりゃ『有り』だけど、それで『有り』って言っていいのか」という程度の柔道知識を持つ私がだらだらと柔道の中継を見ていました。横には、特にスポーツやオリンピックには興味ないし柔道経験もないけど旦那がテレビ占領してるせいでドラマ見られないしそもそも中継で潰されたんで仕方なく柔道中継を見ている奥さんがいます。そんな、集中度が全く違う二名ですが、ある一点で同じ意見が出てきました。「胴着がだらしない」と。

奥さん、柔道経験はありませんが空手の経験はあります。そのため、柔道着は着た事はありませんが空手の胴着は着ていたそうです。そんな奥さんの目からすると、柔道選手の柔道着の乱れが非常に気になる、と。私も私で、特に外国人選手たちが胴着の乱れを直さないのが非常に気になる、と。日本人選手はまだ整えていたように思えます。勿論、整えていない選手もいました。いましたが、少数派です。

「効果」というポイントルールがなくなり、そして一部技の使用に制限が出来ました。「JUDO」をより「柔道」に近付けるためには、服装規定も必要なのではないでしょうか。例えば、「『待て』の後は胴着の乱れを直すこと」という新ルールを設けるとか。ただ、これだけだと「乱れを直す」という部分で解釈の余地が残されてしまいます。ちゃちゃっと帯を締めて終わりにしてしまったり。なので、もうちょっと厳密にルールを決めましょう。「『待て』の後は胴着の乱れをきちんと直すこと」と。え、これでもダメ、と。まだ甘い、と。ならば「『待て』の後はお母さんに怒られないように胴着の乱れをきちんと直すこと」でどうだ。

柔道はルール改正の結果、ジュリーと呼ばれる審判が存在します。審判の判断に対して意見したりする補助審判だそうです。が、私たちの世代はまだなんとか「ジュリー = 沢田研二」が成立します。なので「ジュリー(沢田研二)が柔道に意見できるんだから、母ちゃんが意見したっていいはずだ」と飛躍できてしまいます。

私が考える柔道の新しい規則はこうです。


ジュリー制度に続く母ちゃん制度。場内に響く「そんな恰好じゃお腹冷やすでしょうが」という怒鳴り声。国際柔道連盟(IJF)には是非一考をお願いしたいところです。

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