学生時代に仲間内で集まって酒を飲む際、ビールを提供するのは主に私の仕事でした。建設業を営む実家にはお中元やお歳暮として結構な量のビールが贈られてきていました。しかし、ビールを飲むのは親父だけ。好んで酒を飲む事は無い母と、酎ハイの類を好んで飲む私がビールを飲む事はまずありません。結果的に、ほとんど消費される事は無く次の贈り物シーズンになってしまいます。そういう時に、前シーズンの余り物を勝手に持って行って消費していました。
所詮は余り物。勝手に持っていってどうしようと誰にも迷惑はかかりません。むしろ、ビールが無くなって部屋が片付く実家、タダ酒が飲めて喜ぶ友人達、そして感謝される私と、全員が得をしていました。ごく稀に、年末に宴会が重なった時はお中元のビールが無くなってしまう事もありましたが、「どうせ余るから」という事でお歳暮のビールを持っていってました。しかし、持っていけるのはビールだけ。一度、蟹缶をごっそり持ち出そうとしたら見つかってしまい、没収されてしまいました。交渉の結果、一缶だけは持ち出せたのですが。ま、当時はまだ蟹の美味さに目覚めていなかった私としてはどうでもいい話です。その時も食べなかったし。
昨年末に実家に帰った時、部屋の一角にはいつもの光景がありました。お歳暮が積んであります。私と上妹が実家を出ているので、昔よりも消費量が減っているのはわかります。数年前と比較すると、確かにハムの箱が多く残っています。しかし、それ以上にビールの箱が多く残っている気がします。その辺りの事を母に尋ねてみると、どうも私が原因のようで。
原因の一つには、「私が実家を出たから」という事があります。私が実家にいない事で、友人達との宴会にビールを持って馳せ参じる事がなくなったからだ、と。たしかに、昔は花見や忘年会、誰かの帰省や送別会と、事あるごとにビールを持ち出していました。そもそも実家にとって、ビールというものは「あってもなくてもいいもの」です。もし、贈られてくる物がカルピスを始めとするジュース類であれば数日のうちに無くなってしまいますが、最年少の下妹でも中学生という家にそんな物を贈ってくれる方はいませんでした。いや、いた事はいたけど少なかった、と言うべきでしょうか。圧倒的にビールの量が多かったので、その辺はあまり覚えていません。
まあ、どうせ仲間内で集まる際には頼まれなくてもビールを持っていきます。最近は焼酎や日本酒を好むようになった奴もいますが、タダ酒ならそれはそれで飲む事でしょう。という事で、ビールを持って友人宅へ。正月三が日真っ只中であったため、「あけおめー」だの「ことよろー」だのと正気に返れば切腹したくなるような挨拶をし、近況報告なんかをしていると友人松某もやって来ました。
おお、これはこれは松某殿。久しぶりでござる。
「何故『ござる』だ」
いや、深い意味は無い。あ、ビール持ってきたんで適当に飲んでくれ。
「あ、ありがと」
実家からの貢物でござる。どうか、どーーーーーーーーーか、よしなに。ぐへへへ。
「だああっ、馬鹿、お前、やめんか!」
もう一つの原因がこの会話です。と言っても、これだけじゃさすがに事情がわかりませんね。ちょっと解説してみましょう。まず、私の実家は建設業を営んでいます。零細企業でありますが故に、市役所から発注される公共工事でおまんまを食べています。そしてこの友人松某。現在の職業は市役所職員です。……そう、市役所職員と建設業者。発注側と受注側。そういうややこしい関係になっている事がもう一つの、そして最大の原因です。何が悪いって、「ビールをあげたら贈収賄」という立場になってるんですから。
「ビール消費は私の友人 -> 私の友人には市役所職員がいる -> ビール贈ったら逮捕 -> Game Over」
そんな嘘みたいな図式になっているのです。
ははは、冗談だ冗談。
「お前なぁ、俺の立場も考えてくれよ」
すまん。ま、それはそれとして、ビール消費を手伝ってくれ。
「だから、贈り物は……」
いやいや、余ってて困ってるんだそうだ。
「お歳暮はまずいって」
あ、大丈夫。これ、お中元だから。
「お中元?」
そう、余り物。邪魔なんで飲んでくれ。
「じゃあ、手伝ってやろう……と言いたいところなんだがな。やっぱマズイだろ」
マズイか。うーむ、ビールが減らないではないか。
そんなやりとりをする事になろうとは、昔は想像もできませんでした。でも、数年後だか数十年後だかに奴が出世なんてしちゃったらリアル越後屋ごっことかできるのかな。
「ぐへへへ、松某様。なにとぞ、例の入札の件を……」とか。
駄目ですか。逮捕ですか。そうですか。じゃあ、ビール消費を手伝ってください。下手すれば「今年のお中元の時期になっても、去年のお中元のビールが残っている」という事態になりかねません。