自動車で実家に帰る途中に立ち寄ったレストランで、「そのこと」に気が付くまでしばらくかかった。車を降りて、もう一度このドライブイン・レストランの建物をしげしげと眺めて、はじめて天窓のガラスが全て割られていることに気が付いたのだ。つまり、ここはもう、営業していない。しかもつぶれてしまってからかなり経っているようだ。

2台の自動車に7人の男達が分乗して移動している。しかし均等に乗っている、というわけではない。禁煙車であるこちらは2人が、喫煙車である向こうは5人が乗っている。今は私が運転しており、助手席の隆行は仮眠を取っている。

明後日は我々の共通の友人の結婚式である。我々は全員が招待されている。いや、「参加を強制されている」と言ったほうが正しいかもしれない。なにしろ、我々の招待状は全て「欠席」の項目に削除線が引いてあったのだ。なるほど、奴らしいと思ったが、こちらとしても何が何でも参加したいところである。私はさらに「参加」の項目の下に「してやる。ありがたく思え」と書き足して送り返してやった。

さて、参加するにあたって最大の難点は会場までの距離だ。我々は全員が式場から遥か離れた地にいる。我々の大半はしがないサラリーマン、一部はフリーターである。資金がないため、全員で車で移動しよう、ということになったのだ。そして、たまたま会場が私の実家の近くであるため、宿代を浮かすためにも私の実家を拠点として行動する事を決めている。そんなわけで、2台の車に分乗して高速を使わずに移動している。現在は山道であり、目的地まではそれほど距離はない。

向こうの車から電話がかかってきた。助手席の隆行を起こして電話に出てもらう。「腹減ったから飯を食おう、ってさ」ま、そんなところだろう。電話がかかってくるとしたら「トイレに行く」、「タバコが無くなったから買いたい」、「飯を食おう」のどれかしかない。現在の時刻を考えると食事である可能性が最も高い。私は「適当な店に入ってくれ、と伝えて」と隆行に伝え、運転を続ける。ほどなくして1件の店が見つかった。先行する車はその店に入っていく。私もその後を着いていく。運転手に突っ込みを入れるために。

先行車の5人は全員が車を降りていた。「おいおい、こんな店、開いてるのかよ」と、先行車に乗っていた涼と慎二がぼやいている。「なんで、こんな店を選ぶんだよ」と、私は運転手の誠一に文句を言った。誠一は「仕方ないだろ。あいつらが『早く飯を食わせろ』ってうるさいんだから」と、店に入ろうとする達也と博樹を指差す。またあいつらか。食欲の権化であるこの2人の仕業では仕方が無い。とっとと何かを食わせて黙らせないと、何をしでかすか分からない。天窓のガラスが割れているのが気になるのだが、全員で2人の後についていくことにした。どう見ても営業中には見えないのだが。

廃墟だろうと思われた建物は、私の予想に反して掃除が行き届いているような感じがした。外観は荒れ放題なのに内装は小奇麗なのである。先行した2人は既に適当な席を見つけて座っていた。私は喫煙者とは違う席に座りたかったのだが、近くに空いている席はなかった。人が多いわけではない。席の数が少ないのだ。やむなく私は窓際でなるべく煙を吸い込まないように小さくなって座った。

「お前ら当然『びっくりカツ丼』を食うんだろ?」ふと思い出して達也と博樹に言う。以前我々が旅行に出たときに入ったレストラン、そこのメニューに『びっくりカツ丼』というものがあったのだ。なにがびっくりかというと量。あまりの量の多さに横にタバコの箱を置いて写真を撮ったのだが、その写真を見た人は誰もがビックリするという、そんな代物である。「まかせろ、今なら2杯はいけるぞ」と軽口を叩く達也。もっとも、実物を見ている我々は全員が(それは無理だ)と思っている。もちろん、彼も本当に食べる事ができるとは思っていないだろう。おそらく空元気なのだから。

本来は我々の禁煙車にはもう1人、弘という男が乗るはずだった。しかし、1ヶ月ほど前に交通事故で亡くなってしまった。皆、あまりにも急だったので心の整理ができないまま今日に至っている。特に、達也と博樹の2人は弘とは幼稚園からの付き合いである。彼らの悲しみは我々の比ではないだろう。そんな経緯があるからこそ、今回の旅では彼らのわがままも受け入れてしまう気分になるのである。

メニューを食い入るように見ている彼らを見ながら、ふと駐車場に入ってきた車に眼を移す。車の知識が無い私には「速くてうるさい車」としか表現しようがない車がやって来た。いつもだったらそれ以上の感想は抱かないのだが、今日の車は違った。私であっても見間違えはしない、あの車は弘のものと同じ車種だ。どんな人物が乗っているのか気になったが、それより何を食べるかを決めなければならない。私の前に置かれたメニューに目を落としてしばらくすると、1人の男が私達の席に近付いて来た。

「お前ら、置いていくなよ。冷たい奴らだな」
その男、弘はいつもと変わらない調子で私達に話し掛けてきた。一瞬の驚きと逡巡の後、博樹が口を開いた。「おう、悪い悪い。ま、飯でもおごるから勘弁してくれ」涼も、慎二も、隆行も、誠一も、そして達也も何も無かったかのように弘と会話を始めた。彼らの会話を聞きながら、またこんな日々が続くんだ、とそんなことを考えていた。そう、ずっと、いつまでも続くに違いない。


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