九州有数の大都市である福岡県福岡市。アジア方面の玄関口という役割もあるため、日本人だけでなく外国人も多数訪れます。特に、フェリーを使えば三時間ほどで到着する韓国からの訪問客が多いようですね。海のみならず、福岡空港という空路もあるので勿論それ以外からの訪問もあります。

外国人観光客が多いとどうなるか。道を尋ねられる機会が多くなります。私も何度か尋ねられました。そんな時に何が困るって、「英語はさっぱりわからん」という事です。私の英語、Magic:the Gathering から学んだものが殆どですから道案内には不向きなのです。「そのエルフに3点ダメージ」とか「その呪文は打ち消す」とかなら英語で対応できると思います。日常生活で使用する機会は全くありませんが。

過去何度か尋ねられた際は、相手が地図を持っている、もしくは近くに周辺の案内図がありました。また、その人たちの目的地は何れも宿泊施設でした。時間帯も夜間だったため、おそらく飯でも食いに行ったら迷子になって帰れなくなったといったところだったのでしょう。「近くまで行けばたぶんなんとかなるだろう」と考え、こちらは地図を指さしながらいい加減英語で対応しました。「らいとさいど、りばー、あー、らいとたーん」とか。「右手に川が見えたら右折しろ」と伝えたかったのですが、伝わったかは不明です。まあ、地図を見ながらなんでよっぽどの事がない限りは大丈夫でしょう。そう信じています。

先日、たまたま仕事が早く終わったため定時で帰宅することがありました。バスが来るまで時間があったため、いつもとは違うバス停で乗車しようと思いしばらく歩くことにしました。人通りが多い通りを抜け、住宅地に入ってしばらくした頃です。片言の日本語で後ろから声をかけられました。そちらを見ると五名ほどの集団がいました。

「私たちは、韓国から来ました」
ほうほうそうですか。遠いところからようこそ。
「あなたは、『らちし』を知ってますか?」
ふへ?

正確に何と言ったかは分かりませんが、私の耳には『らちし』と聞こえました。韓国、もっと広げて朝鮮半島として、それに関連付けされるような言葉に変換すると『拉致死』なんて物騒なモノになります。え、なに、俺、拉致されるの?連れてかれて炭鉱で一生を終えちゃったりするの?それとも「拉致はあった」とか答えると「拉致事件なんて存在しない」とか言われて謝罪と賠償を求められたりしちゃうの?多勢に無勢の上、人通りもありません。このまま囲まれたら終わる、俺の負けだ。そう思い「あ、いや、ちょっと、もごもご」とか言いながら足早に立ち去ろうとした私を誰が責めることができましょうか。

相手はこちらを追いかけ、そして私は早足で立ち去ろうとする。そんなちょっとしたやり取りが行われる中で、相手は手に持っていた雑誌のようなモノを私に見せてきました。謝罪も賠償もしないよ拉致もいやだよとか思いながらも相手がこちらに向けたそれを見ると、どうもそれは地図のようでした。福岡市内の地図でハングルでなにやら書いてあります。あちらで売っている観光客用の雑誌かなんかでしょうか。「○○ウォーカー」とかそういう類の。

警戒レベルを一段階引き下げ歩くペースが若干落ちた私に対し、その相手は地図を指さしながら聞いてきます。
天神近辺を指しながら「てんじん」。
博多近辺を指しながら「はかた」。
合ってます。そこまでは合ってます。そして、その中間地点、中州近辺を指しながら自信なさげに「……らちし?」と。

中州の事かと尋ねると「そうそう、なかす」と。はーい警戒態勢解除、しすてむおーるぐりーん。どうも「中州の屋台に行こうとしたけど福岡はバス路線がややこしくてバス停を探すうちに迷子になってしまった」そうで。そういや住宅地に入る前にバス停があります。たまたま私がそこを通りがかったから聞いてみようとでも思ったのでしょう。でもうっかり「らちし」とか言っちゃったばかりに警戒されてしまった、と。怪我の功名というべきか、私が向かっていた先にこそ天神・中州方面行のバス停がありました。それを伝え、「分かんなかったら天神まで行ってもう一回誰かに聞けばいい」と付け加えておきました。

住宅地を抜けて通りに出て、近くのバス停を教えます。そこでしばらく待ってれば天神行きのバスが来るよ、と。それに乗れば多分なんとかなるよ、と。誤解が解けた事もあり、お互い笑顔で別れる事が出来ました。中州までの正確なルートを案内できればよかったのでしょうが、福岡中心部のバス系統は複雑怪奇極まっているためそれは無理です。臨機応変に行くしかありません。彼らが中州に辿り着けたか、天神近辺で「らちし」とか言い出してまた誰かがパニックにならなかったか。それは誰にも分かりません。しかしながら、私には「韓国語で『中州』は『らちし』と発音するのか」という疑問が。『拉致死』と連想してしまえるがために警戒してしまうのは仕方ないでしょうが、道を尋ねるには不便でしょう。異文化交流、難しいものです。


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