かれこれ十年ほど前、私が高校生の頃ですが、高価な靴が流行しました。あれです、エアマックスとかそういうバスケットシューズの類。靴一足に万単位のお値段がつき、プレミア価格は急上昇。「エアマックス狩り」などという追い剥ぎも現れ世も末かと思われましたが、よくよく考えればその何年も前にも「ドラゴンクエストIII恐喝事件」なんてもので世も末かと思われてたんで、別に特異な現象という事もなかったのかもしれません。「援助交際のお代はたまごっち」の方がよっぽどな感じがします。

さて、この高級スニーカー群。例によって例の如く、当時の私は全く興味がありませんでした。高校生というとファッション雑誌やらで煽られてそういうものにがんがん投資していくものです。実際、私の周囲もそうでした。「あの靴は云々」「おお、その靴は」等の会話もそこかしこから聞こえてきます。でも、私は無関心。靴なんて、歩けりゃいいんです、歩けりゃ。あと、穴が開いてなければ。あと、できれば臭くないほうが。靴一足に何万も出すくらいなら、その分ゲームや本に費やします。費やす余裕はありませんでしたが。

古くからの友人達が通っていた学校は、校内では上履きに履き替えるシステムでした。そのため、下手に目立つ靴を履いていくと下駄箱から盗まれる恐れがあるために、学校に履いて行くことはなかったそうです。しかし、私の学校では体育館等の一部を除いて全て土足であったために常時靴を履いている事となり、結果的に盗難の心配もそれほど必要ありません。となると、そのお高い靴を履いてくるのがごく一般的な男子高校生的思考回路というものでしょう。上記の会話の殆どは学校にて聞こえてきたものですが、それらの靴を見た私の感想は「色が鮮やか」「踵が高い」「紐が綺麗」くらいのもの。「高価な靴なんて無駄」としか考えていない人間ですから、それ以上の感想は浮かびません。

しかし、ある時その手の靴を履いてみる機会がありました。いくら見せびらかしても碌な反応を返さない私に業を煮やした友人が「一度でいいから履いてみろ」と言ってきたからです。デザインに価値を見出さないのは諦めたから、せめて履き心地だけでも、という事だそうで。まあ、こちらも特に断る理由はありません。宗教上の理由とか自分の信念なんかで避けているわけでもありませんし、せっかくの機会なんで履いてみることに。

三歩ほど歩いた私の口から妙な声が出てきました。なるほど、伊達に何万もするわけではない、こりゃ凄い靴だ、という感嘆のため息です。私が履いていた二千円程の靴とは、確かに履き心地が違います。違うんだけど、この値段に見合うほどではないな、とも思いました。デザインにも幾許かの価値を見出す事ができる人ならばいいんでしょうけど、生憎私にはそういう美的感覚は存在しません。どこに置いて来たか、それとも最初から持っていないのかは定かではありませんが、とにかく私の認識を「確かに凄くいい靴だけど、お値段がねえ」くらいに改めることはできました。

時は流れて平成十八年。エアマックス狩りが過去の言葉となり、たまごっちはブームの波が一回りしてきた頃。我が家では引越し後のあれこれに追われていました。以前住んでた家はまだ掃除が完了していないので毎週末掃除にいかなきゃならん、諸手続きも一部終わってない、あれやこれやが足りないから買ってこないと。ということで、リビングに置くソファーを物色していました。現在はテレビ前に小さいテーブルがあるだけなので、ちょっと目を離すと子供たちがそのテーブルに腰掛けています。躾の上でよくありません。また、子供たちを寝かせた後でリビングでくつろごうと思っても、テーブルしかないのでついついごろんと横になってしまいます。これもまたよろしくありません。ソファー購入には高い優先順位が付けられました。

新聞の折り込み広告を見て、何箇所かの店に狙いを定め、いざ出発、という事で到着したある店。たまたま「お子様放し飼いコーナー」があったため、子供達はそこでおとなしくしてもらいます。店に入る前に子供たちをトイレに連れて行ったせいで奥さんとは逸れてしまいましたが、特に気にせず近くにあったよさげなソファーに腰掛けてみます。これが失敗でした。後から値札を見てみれば、どう考えても予算オーバー。とっとと予算限度額内の物を見に行けばいいのですが、既に私の尻は魅了されてしまっています。何と言っても座り心地が全く違います。まるで、学生時代にお高い靴を履いたときのような感触です。

それでも、もっとお手軽価格のソファーで私の尻が満足する物があったならばよかったのです。多少座り心地で劣ったとしても、価格差がある程度あるとしたら、お財布的にも精神的にも自分の中で折り合いがつきます。しかし、学生時代の靴と違って、今回は折り合いがつきませんでした。お手ごろ価格の椅子だと座り心地に納得いかない。座ってみて「ああ、これならばいい」と納得したと思ったら、お値段ドン、さらに倍みたいなことになる。いろいろ不満が残りつつも「まあ、これならば納得しないでもないけどやっぱ最初のソファーがいいな」なんて物もサイズの都合で断念。ああだこうだと揉めつつも大蔵省との折衝の結果、見事に最初のソファーを購入できましたばんざーい。

で、ようやくそのソファーが自宅に届いて、そのソファーで寛いでいるのですが。いいよいいよー、ソファーやあらかいよー。
尻が沈みます。素晴らしい。
尻が快適です。素晴らしい。
背もたれもあります。素晴らしい。
家族四人で並んで座って一家団欒というものを満喫したりもしています。ただ、幅の都合上あと数年もすれば四人全員が座ることはできなくなるでしょうが。その時最初に追い出されるのは、やはり私なのでしょうか。


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