「二段ベッドで寝られる」とか「おうちにエレベーターが付いてる」等、引越しを楽しみにしている我が家の長男ですが、一つだけ、「引越しをしたくない」と言い出す理由があります。近所のスーパーのゲームコーナー、そこで定期的に開催されているムシキングの大会に出場できない、というのがその理由です。

ムシキングとは、平たく言ってしまえば「甲虫プロレスゲーム」でしょうか。カブトムシやクワガタといった甲虫類のカードと、それらの虫が繰り出す必殺技のカード、これらを組み合わせて対戦していくゲームです。最近では本屋やコンビニにも筐体が置いてあったりするので、見かけた事がある方も多いと思います。さらに最近では、操作対象が甲虫ではなく恐竜だったりアニメのキャラクターだったりするものもあります。「どう考えても余った筐体を捨てるのが勿体無いだけの適当な企画だろう。すぐなくなるだろうさ」と思っていた、女の子向けのゲーム「ラブアンドベリー」までもがスマッシュヒットとなっているそうです。

ムシキングの基本的なシステムは「ジャンケン」です。グーに相当する打撃技、チョキに相当するはさみ技、そしてパーに相当する投げ技。これらで勝負し、勝ったら登録していた技が発動する仕組みです。クワガタならともかく、カブトムシが一体どうやって「はさみ技」を繰り出しているのかは謎ですが。ちなみにこれらの技は、虫と技との相性によって威力が増減したり、通常技が必殺技だの超必殺技だの、さらに究極必殺技だのになったりします。でも、基本システムはジャンケン。いくら強い技を登録していても、ジャンケンに弱ければ意味がありません。コンピュータ相手ならばパターンを読むこともできますが、対人戦だと完封負けもざらにあります。だから息子よ、「ピンチになったら必殺技で一発逆転」ってのは読まれやすいんだから無理だってーの。

それにしても、二十年ほど前であれば、「スーパーの店先に置いてあるジャンケンゲーム」というと、メダル式の単純なゲームだったのですが。メダルを入れて「じゃんけんぽん、あいこでしょ、あいしょ、ぴこー」なあれです。勝ったらルーレットが回って「2」と書いてあるところで止まってメダルが二枚出てくるあれです。二枚以上のメダルなんて出てきた事がありません。そのジャンケンゲームが二十一世紀になると、ポリゴンをガンガン使用した甲虫プロレスに進化するわけです。我々が「ぐー、ちょき、ぱー」だったのが、今の子供達は「ドラゴンアタック、アンデストラップ、サイドスクリュースロー」なわけです。「ガンガンスマッシュ、ブルロック、SAS」だったりするかもしれませんし、「スーパーダンガン、ランニングカッター、リバーススラム」だったりするかもしれません。各自が使用する虫の能力によって、また、所有するカードの種類によって組み合わせは様々になります。

ビックリマンチョコで収集の楽しさを覚え、ミニ四駆でカスタマイズの楽しさを覚え、そしてMagic:the Gatheringで収集とカスタマイズを双方を楽しんだ私ですが、今の子供達はいきなり両方を楽しんでいるわけです。勿論、収集云々という楽しみ方がある以上、裏ルートで収集欲だけ満たす方法もあります。所謂シングルカードです。特定のカードが欲しい、でも手に入らない。そういう場合に幾許かの現金で手に入れる方法です。で、以前機会があったのでムシキングのシングルカード価格を調べてみたのですが。

ムシキングのカードはムシカードと技カードがあるというのは上に書いた通りです。このうち、ムシカードには100から200まで二十刻みで「つよさ」が設定されています。この「つよさ」がそのままレアリティとなります。100や120のつよさの軽量級ムシカードは簡単に手に入りますが、180や200といった重量級のムシカードは簡単には手に入りません。で、その重量級のムシカード。シングル価格で五桁円のお値段が付いていました。福沢諭吉先生にお出まし頂いても、消費税や送料などを考慮すると若干足が出てしまいます。おそるべし、ヘラクレスリッキーブルー(つよさ200)。M:tG にはまり込んでいた昔ですら、「3000円のカード」なんて物を見ながら「ぐああ、欲しいいい、でも金がねええ、正攻法でも入手できねえ」と悶えていたのに、いきなり一桁上ですか。しかも何故大会仲間のお子様達はみんな持ってたりしますか。一年間ゲームをやり続けた長男ですら、最近ようやくつよさ180のパラワンオオヒラタクワガタを手に入れて狂喜乱舞していたというのに。

そんな具合にカード資産に雲泥の差があったりするので大会で勝つのも一苦労です。最近は軽量級大会、中量級大会、重量級大会と、つよさごとにクラス分けされたルールで大会が開催されていますが、ちょっと前まではクワガタ限定とか、さらには何でもなりなカオスなルールの時もありました。こうなるとカード資産が物を言います。軽量級や中量級にもメリットがあるとは言え、純粋な力勝負では重量級が圧倒的に有利です。大会に出場している子供たちも、そしてその後ろで見守っている保護者の方々も、その辺のことは大体理解しています。だからこそ、中量級のムシで重量級のムシを倒したりすると、場内が軽く沸いたりします。あの時は結局二戦目で負けましたが。

これが限定戦となると純粋に戦略の差、言ってしまえば「どっちがジャンケンに強いか」という問題に集約されます。で、まあ、うちの長男はジャンケンに弱いわけでして。毎週末にサザエさんとの勝負も欠かさずやって修行していますが、それでも勝てません。ゲームコーナーの定例行事とは言え、一応公式サイトでも告知されている公式大会なので、優勝すると特別なカードが貰えるそうなのですが、まだ一度もそれを貰えていない事が心残りなのだそうです。優勝するまで引越ししない、また大会に出たい、今度の大会にも出る、と言い続けているので、一言言ってあげました。「お引越ししても、違う所の大会に出られるよ」と。納得したようですが、それでもたまに思い出したかのように「引越ししない」と言い出します。彼にとっては幼稚園のお友達よりも、近所のお兄ちゃんよりも、ムシキング大会の方が大切なようです。


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