とかくこの世は住みにくいわけですが、そんな住みにくい世の中を多少なりとも住みやすくための能力に「空気を読む」というものがあります。相手の顔色を伺ったり、その場の雰囲気を理解したり、円滑な人間関係を営むためには必須と言ってもいいでしょう。一流のゴルファーであれば風を読んだり、一流のギャンブラーであれば運の流れを読んだり、一流のバッターであればボールが止まって見えたりと、違う物を読んで何とかなる場合もありますが、凡人は空気を読むのが精一杯です。

「ボケとツッコミ」という一連の行為にも空気を読む能力は欠かせません。相手がどういうボケを待っているか。逆に、相手がどういうツッコミを待っているか。相手の立場になって考える必要すら出てきます。「こう返すと相手は返しづらいだろうから、こっちの方で返してみよう」となる場合もあれば、「この馬の雰囲気ではこのネタは使いづらいだろうからこうボケてみよう」となる場合もあります。商売でやってるわけじゃないんだから適当に喋ってたらいいもんですが。

勿論、仕事の面においても空気を読む能力は必要不可欠です。

「ああ、ちょっとこの件について調べて欲しいんだけど」
あ、はい。どれですか。
「これ、バグじゃないかな」
えーと、ちょっと調査に時間がかかるんで後程報告します。
(やべーよおい、またやっちまったよ。どうするどうする。んーと、えーと)
あ、調査してみましたけど不具合があるようですね。
「じゃ、修正しといて」

最近「バグ」という単語は全て「不具合」という単語に置き換えて喋るようになりました。若干、本当に気持ち程度なんですが、表現が軟らかになります。不具合連発で空気がささくれ立っている場合には欠かせません。

個人的に、空気を読む能力はその人のユーモアのセンスに比例すると考えています。空気を読むことで当意即妙な答え方ができる、それは結果的にユーモア溢れる会話ができる事になると思います。この場合、空気が読めるからユーモアのセンスがあるのか、それともユーモアいっぱいだから空気が読めるのか、どちらが主かは分かりません。まあ、どっちでもいいじゃないですか。

で、最も身近な空気が読めない人間に私の父がいます。母はどちらかと言うと空気が読める人間、ユーモアのセンスがある人間だと思うのですが、父とユーモアというのが結びつきません。五十代も半ばを過ぎてユーモアも糞もあったもんじゃないとも思いますが、今まで父が「面白い冗談」を言った場面というのが思い出せないのでしょうがないかと。で、その結果かどうか分かりませんが、間が悪い、結果的に空気が読めない状況になっている事が多いかと。

典型的な例が、昨年の年末に発生していたようでした。吹けば飛ぶような規模ですが建設会社を営む父。「あと数年で会社をたたむ」と公言していますが、最近同年齢くらいの方を一人雇ったそうです。で、その方は一級建築士。父も一級建築士。という事で、新たに設計事務所として仕事ができるように熊本県に申請を行ったそうです。今まででも申請しようと思えば申請できたそうなんですが、「打ち合わせやら行くのが面倒だ」という事で申請していなかったとか。しかし、今回新たに一級建築士を増員したということで、そちらに割く人員が増え、申請する事にしたそうです。
ええ、昨年の年末に。
具体的には耐震強度偽装問題が発覚する数日前に。
地場大手と言われた木村建設が事実上の倒産となったのはその数日後でした。勿論、熊本県下の建築関連のお役所は調査やらなんやらでてんやわんやの忙しさでしょう。間が悪いことこの上ない事態です。

さらに間の悪いことが一件。私の父が独立する前に勤めていた会社。その会社は「木村建設」と言いました。勿論、倒産した大きい会社とは異なり、今の父の会社のような荒尾市周辺を仕事先とした零細企業でした。が、各種報道では「熊本県の木村建設が耐震強度偽装問題に関与して云々」としか言いません。「関与した木村建設は八代市に本社を置くもの凄く大きい会社」という事実が私の耳に入ってくるまでは、あまり他人事ではありませんでした。独立したのは十数年前とは言え、ひょっとしてうちの親父も何かやらかしたんじゃないだろうか、とまで考えました。ただ、最悪の場合は実家から連絡があるでしょうから、それがないという事は問題ないのか、とも思いました。「便りのないのはいい便り」というわけです。下の妹は不安そうに電話したらしいですけど。

と、そういう間の悪い材料がてんこ盛りでした。設計事務所の申請の際、どのような書類を提出するか分かりませんが、おそらくそれまでに携わってきた建物の資料なんかを提出するんじゃないでしょうか。ただでさえ偽装やら何やらでお疲れの職員さんが書類を読んでると、出てくるのは「木村建設」「設計」「一級建築士」という裏ドラまで乗りましたかと言わんばかりの代物。誰も悪くなかったんです。強いて言えば、空気が読めない、そして間が悪いうちの親父が悪いんです。


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