バレンタインだか伴天連隊だか知りませんが、スーパーのチョコ売り場も縮小した週末、いかがお過ごしでしょうか。今でこそ相方持ちという恵まれた立場になっておりますが、学生時代は当然そういう事に縁はありませんでした。

小学生の頃はともかく、中学生にもなると周囲には多少色気づいた人間も出てきます。いや、そりゃ小学生の頃であっても妹達が「誰々にチョコをあげた」なんて話をしているのを聞いていますので、全く縁が無いというわけではありません。が、私と交友関係にある人間にはそのようなイベント事には縁がありませんでした。中学三年生になっても、「お、あそこで『チョコ進呈の儀』があってるぞ。見に行こう」と野次馬根性全開で行動していたりするわけでして。

風向きが変化したのは高専入学後でしょう。一般的に、工業系の学校というものはオスの巣窟であると思われています。それも間違いではありません。しかし、正解であると断言するわけにもいきません。学部や学科でも異なりますが、女性がいることもあります。現に、私の同期は四割ほどが女性でした。

あれは忘れもしない、1997年2月16日。今から六年前の日曜日の事です。私はいつものように友人高某宅でだらだらとくっちゃべっていました。当時としては普通の事です。彼の部屋は我々の溜まり場となっていました。そこに、友人林某より連絡が。
「今からそっちに遊びに行く」
彼は原付バイクに乗って十分程後に現れました。手に「ちょこれーと」という異国の食料を持って。

バレンタインデーの二日後です。彼が持ってきたものは部活の女の子達から貰ったというチョコレートでした。何しろ彼はバスケ部。かつ、高身長。貰えるのも納得がいきます。友人高某も、部活の女の子から貰ったというチョコレートを出しました。彼は弓道部に所属していました。つまり、あれです。袴姿のお姉ちゃん達から貰ったということで……むむむ、けしからん。

しかし、その場に居合わせた三人とも、あまりチョコレートは好みません。大福や饅頭であれば私がある程度消費できるのですが、チョコレートになるとそれほど食欲も湧きません。友人林某、友人高某、双方共に「誰かに食べてもらおう」と思っていたそうです。しばしの協議の末、一人の男を呼び出しました。数十分後、友人松某は単車に乗って現れました。「チョコが食べられる」と聞いて、飛んできたそうです。

彼も友人高某と同じく弓道部に所属していたようですが、自分が貰ったものはあっという間に食べてしまっていたようです。到着するなり、彼はチョコレートを貪り出しました。「バスケ部のチョコは金がかかっている」とかなんとか言いながら。食べ終わると、話の流れは「何個チョコを貰ったか」という話になりました。ごく普通の流れでした。というか、友人松某の考えとしては、「まだチョコを隠し持ってるんじゃないだろうな」というもののようでしたが。

自己申告を信用するなら、特定の彼女という存在は誰にもいませんでした。色恋沙汰も発生していなかったようです。必然的に、貰ったチョコレートは全て義理チョコという事になります。義理チョコ。日本に存在する日本らしい風習と言いましょうか。仕事上、生活上で付き合いがあるから渡す物。お中元やお歳暮みたいなものでしょうか。

部活に所属していたり、生徒会に所属していたりする彼らは幾つかの義理チョコを貰っていたようです。しかし、それらは全て「多対多」もしくは、「多対一」です。あげる側は複数の人間の連名のようでした。これで「一対一」のチョコレートが存在すれば、そこをつついて酒の肴にでもするところですが、何も出てきませんでした。

なんの部活も、そしてバイトもしていなかった私には話の矛先すら向きませんでした。その辺は彼らなりの温情でしょう。わざわざ話を向けるまでも無い、貰っていないんだから。そう考えていたようです。無論、そう考えられても仕方ありません。事実、前年は全く貰っていなかったのですから。
……そう、前年は。

私の得意な戦術。それは奇襲です。緊張が緩んだところを狙っての襲撃。それによって増加する破壊力。最小の労力で、最大限の効果を発揮させる、そういう戦術を私は好みます。その時も奇襲を行いました。これ以上ないタイミング、話が落ち着こうとするその隙に。

ふっふっふ。
「お、どうした」
「ああ、羨ましすぎて狂った?」
いやいやいや。勝ったな。
「ほう、貰ってたのか。で、何個?」
一個。しかし、一対一で手渡し。同じクラスのお姉ちゃんから。
「「「何いぃ!?」」」

愕然とする敵軍。いや、敵じゃないですけど。しかし、想像もできないようなショックを受けたようです。そりゃそうでしょう。女っ気のないと思われていた私が、義理であるとは言え「手渡し」という手順を踏んでチョコレートを貰っているのですから。私は、義理チョコには明確な階級が存在すると考えています。階級が高いほうから順に
「一対一で手渡し」>「一対一で(手渡し以外の方法)」>「多対一で手渡し」>「多対一で(手渡し以外)」>「多対多で」>「『余ったから適当に持って行っていい』と言われる」>「親兄弟から」
このような順番でしょうか。JIS規格であるとかいうわけでもありませんが、だいたい誰でもこういう順番なのではないでしょうか。彼らにしてもそのようでした。その順位付けにおける最高位だったわけですから、彼らの衝撃は、そして嘆きは想像を絶するものでした。

以来、私にとって2月16日という日付は彼らに一杯食わせてやった日として永遠に記憶される事となりました。そして、「義理チョコも捨てたもんではない」と思うようになりました。あと、「レポートやノートを他人に見せると良いことがある」という事も。ああ、そこそこ。「買収した」とか言わないで。


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