子供の頃、大人の財布の中には無尽蔵の現金が入っているものだと思っていました。週末に家族で日用品の買出しに行った際に、母の財布から何枚ものお札が出ているのを見ていたので、「ああ、大人って、たくさんお金を持ってるんだなぁ」と。しかし、実際に私が大人になって、財布の中にどれくらいの現金が入っているかというと……うぅぅ。
私の財布にはあまり現金が入っていません。うっかり大金を持ち歩くと、その日のうちに本屋に入って技術書3冊6000円也毎度あり、という状況を作り出してしまいます。技術書ならまだいいんですよ。本屋帰りにゲーム屋に寄り道したりすると、自制心との戦いになります。
「あ、このゲーム安いなぁ」
「ああ、たまにはゲーム用のカードも買いたいなぁ」
3冊の本を読破するのにどれくらい時間がかかるかわからないのに、それ以上に時間がかかるゲームに手を出そうとしています。んでもって、なまじ資金があると「まあ、いいか。金ならあるし」という考えに達してしまいます。そういう理由から、私はあまり現金を持ち歩かないようにしています。最初から寄り道せずに帰ればいいだけの事なんですが。
「無駄遣いをするのを防ぐため」という立派な理由があるとは言え、給料日直後なんかはある程度の現金が入っています。この時期を乗り切らねば次の給料日前に大変な事になる、それが分かっているので、この時期はあまり寄り道をしたくありません。したくありませんが、待ちわびた本やらCDやらその他諸々の発売日だったりするとやっぱり寄り道をしなければなりません。さすがに最近ではゆっくり本を読む時間が取りにくくなっているため、本屋で心を乱される事はありません。目的のブツにまっしぐら。たまに立ち読みもしますが。問題は電化製品の類。財布の中身が裕福だとイヤホンだのブランクCDだのまでに目が奪われてしまいます。
「ああ、あの空CD安いなぁ。買っておこうかなぁ」お前、後何枚ストックがあると思ってるんだ。まだ10枚以上あるぞ。
「ああ、メモリ買い足したいなぁ」最近はノートパソコンばかり使ってるだろ。我慢しなさい。
「ああ、ゲームしたいなぁ」したいねぇ。
一部に希望が混ざったりしますが、とにかく誘惑を振り切り店の外に出ます。そして私の前に日々立ちはだかる自宅そばのコンビニ。
「じゃがりこ食いたい」
「アイス食べたい」
「酎ハイ飲みたい」
これらの欲望を振り切り、自宅に戻って麦茶を飲んで、ようやくその日の戦いは終わりです。不思議な事に、一度自宅に戻れば外出する気は半分以下になってしまいます。面倒だからかな。
では給料日前は。いや、もう、ね。凄いんですよ。財布。よく「中身よりも財布そのもののほうが高価」って言いますが、まさしくそれ。しかし、私の財布ってそんなに高価なものというわけでもありません。今年の正月に数千円で買った財布。小銭が出し入れしやすい便利なお財布です。その「数千円」に中身が負けている事もままあるのです。そんなときに限って飲み会に誘われたりします。
「いや、金持ってないんですよ」
「いくら持ってるんだ?」
「えーと、1680円ですね」
珍しい話ではありません。むしろ、日常茶飯事だったりします。で、そんなお財布を持ったままコンビニに寄ったりします。酒、つまみ、アイス、シュークリーム。こういうときに限って財布の中身の事をころっと忘れてたりします。もしくは「あと幾らは入ってたハズ」と思っています。そして、いざ会計。会計。会……え?財布の中にはたったの83円。
「……すいません、やっぱりナシで」
と何度レジで言ったか分かりません。恥ずかしいんですよ、買うはずのものを自分で棚に戻す作業というのは。そのまま小さくなって店の外に出て、当分この店では買い物できないなぁと思ってたりします。そして、店の外から再度店内の、レジの辺りを眺めます。高校生くらいでしょうか、若いお兄ちゃんが大量の食料の支払いを、気前良く万札で行っています。それを見て、そして我が身を振り返って「ああ、大人って案外金を持ってないんだなぁ」と思うのでした。ほら、そこ、「金持ってないのはお前だけだ」とか言わない。