小学生の頃、前髪を抜く癖がありました。このご時世ならば「ストレスが云々」等と大層な理由付けがされそうですが、当時は昭和の終わりか平成かという頃。そんな事を言われることもなく、そして本人も額の部分が凄いことになっている事に気づかないままでした。

最初に気づいたのは散髪をしてくれていた母でした。「この髪はどうしたの」と。後で鏡を見てみると、まあ見事な事に。逆富士額と言いますか、小山のような形で髪が存在しない部分ができていました。

そういえば、しばらく前からいろいろ言われていたような、と思い出してましたが、まさかこんなことになっているとは。その瞬間から、前髪を抜く癖はぴたっと止みました。そりゃ、あれだけインパクトの強いものを見せられてはねえ。

今ではそんな事があったようには見えなくなっています。が、どうもそれ以降額の部分が広がったような気もします。ちっちゃな頃はもうちょっと額の面積は狭かったんじゃないかな、と。しかし、それを証明する証拠なんてありません。そりゃそうでしょう。わざわざ子供の額のみを写した写真なんてありませんし。

だから、額が広いのは当時の癖のせいだ、薄いだの言われるのも当時の額のせいだ、ということにしていました。どこぞのCMで「額に指が四本収まる人は生え際が後退しています」と言われても「大丈夫。五本収まったから大丈夫。四本じゃないから」という具合に現実とは戦わないようにしていました。ですが、最近、私の財布の中にある免許証が現実を突きつけてくるのです。去年更新した免許証と、その前、つまり四年程前に更新した免許証です。当然、どちらにも顔写真が貼ってあります。

「免許更新時にはその旨伝えておくと、ちゃんと以前の免許証もくれる」と聞いていたので実行したわけですが、その結果はちょっとした満足感と、そして二枚の顔写真が突きつけた現実でした。いや、その何と言いますか、……やっぱ広がってる?

まだまだ二十代前半とか、そういやここ最近忙しくて睡眠不足気味だったし、とか、瞬時に様々な言い訳が浮かんできますが、顔写真達は「これが現実だ」と語りかけてきやがります。そうなってくると「隔世遺伝の法則からいくと、父方の祖父はつんつるてんだったな」とか「最近親父の頭も寂しくなってきたな」とか、デフレスパイラル一直線な事ばかりが浮かんできます。やはり、これは避けられぬ運命なのでしょうか。

そんな事を考えながら相方の頭に目を移すと、そこには黒々とした髪の毛が。根本的に私のそれとは構造が異なるようでして、そもそも密度から違います。密度が高い上に強くて丈夫な髪が生えているわけですから、それはもう私のような心配とは無縁です。ちょっとくらい分けてほしいものです。

しかし、向こうはその圧倒的物量差に物を言わせて
「薄いねえ」と言ってきます。
こちらも行きがかり上、何かを言い返さなければなりません。仕方なく言い返します。
「えーい、乳が無いくせに」

いやはや、奥さんに乳があったら何も言い返せないところでした。よかったよかった。いや、よかったって言ってるでしょ。ええ、よかったですよ。羨ましがったりしてませんよ。って、また乳で落としますか。


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